軽く考えればどうってことないです。
この季節、お祭り参加に代表されちゃうけど、「障害者のPTAの集まり」。
皆で子供を支えるのは良い事で、全然異論はない。ただ、障害者の家族には、それは濃いし、長い。重度障害の子を持つと、人によっては人生全てになる。
私としては、人と交わるのは好きな方だし、軽ければ何の問題も無い。そもそも親なんてどの子にとっても軽い位がちょうど良く子供の発達を促すと思っている。(それにわが子はもう立派な「成人」です)
それなのに油断していると中外からの、「もっと頑張れ」との圧力に「流されている」自分に気づく。
要するに自分にとってやりすぎ。ストレス。
どんな行動にももちろん意味はある。
お祭りは、地域の人に理解を求める絶好のチャンスともいえる。
普段なかなか接点の無いもの同士が触れ合えるし、 障害者が作った製品を見て、「頑張っているんだね」「こんな素敵なものが作れるの」と話題づくりの一助にもなる。それが出来ない重度障害者の家族は、代わりに「子供のために頑張ってます。」と訴える?
熱心なボランティアさんにも以前「まず、親御さんに頑張ってもらって、僕たちはその手伝い」「親が勝手な事をしていては、やってられない」と話された事もある。
しかし、自分のポリシーや、置かれている環境などとバランスをとって行動していかないと、結局障害者を持った事による、「傍系的で、煩わしい雑用」こそが、不運な事となってしまう。
もっとも、日本の福祉は今契約社会。こんなことを思うのは私が最後の世代かもしれない。
契約社会の歪みもたくさんある。割り切った職員の言動に親として、歯がゆく悔しい思いをすることもしばしば・・・
福祉国家の北欧諸国は、親は国に対して意見団体でいられるらしいが、老人に自殺者が多いというそれほど有名でない事実は何を物語っているのだろう?
軽く、強く、しなやかに・・・!
お祭りは楽しいです。ちょっといっちゃってますが、「色」になろう。
障害者の親になって、24年。まだこんなことを思っているのか、成長ないな、とあきれられそうですが、まぁ、余裕が出来たのかな、とご理解ください。